東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)34号 判決 1973年4月05日
原告 中野興業株式会社
被告 中野税務署長
訴訟代理人 日浦人司 外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第一当事者が求めた裁判
一 原告
「被告が昭和四三年三月二九日付でした原告の昭和三九年二月一日から昭和四〇年一月三一日までの事業年度の法人税更正(ただし、東京国税局長が昭和四三年一〇月二九日付でした裁決によつて取り消された部分を除く。)および昭和四〇年二月一日から昭和四一年一月三一日までの事業年度の法人税更正をいずれも取り消す」旨の判決
二 被告
主文第一項と同旨の判決
第二主張
一 原告の請求原因
1 本件処分の経緯
原告は、青色申告の承認を受けた法人であるが、昭和四〇年三月三〇日に、昭和三九年二月一日から昭和四〇年一月三一日までの事業年度(以下「第一事業年度」という。)の法人税について、欠損金額を一三、五四一円とする確定申告を、また、昭和四一年
三月三一日に、昭和四〇年二月一日から昭和四一年一月三一日までの事業年度(以下「第二事業年度」という。)の法人税について、欠損金額を六、九五七、三一〇円とする確定申告を、いずれも青色の申告書によつてしたところ、被告は、昭和四三年三月二九日に、第一事業年度の法人税について所得金額を二、一五〇、九四七円とする更正(以下「第一の更正」という。)および第二事業年度について所得金額を三四四、一一〇円とする更正(以下「第二の更正」という。)をした(もつとも、右第一の更正のうち所得金額一、一八六、四五九円をこえる部分は、東京国税局長が昭和四三年一〇月二九日にした原告の審査請求に対する裁決によつて取り消された。)。
2 本件処分の違法性
被告がした本件各更正(ただし、第一の更正については、東京国税局長がした前記裁決によつて取り消された後の部分に限る。以下同じ。)は、次のとおりいずれも違法である。
(一) 理由付記の不備
第一の更正にかかる更正通知書には、更正の理由として、
「加算金額
雑収入もれ 一、二〇〇、〇〇〇円
三九年一二月一二日借入金に経理した阿部鉄太郎よりの入金分七〇〇、〇〇〇円ほか一件計一、二〇〇、〇〇〇円は、特定入居者よりの権利等譲渡収入とします」
と記載されており、第二の更正にかかる更正通知書には、更正の理由として、
「加算金額
雑収入もれ 七、四五〇、〇〇〇円
四〇年三月二日借入金に経理した小尾栄よりの入金分七〇〇、〇〇〇円ほか一件計一、七〇〇、〇〇〇円および四〇年三月二日預り敷金に経理した三松士逸よりの入金分一、三五〇、〇〇〇円ほか三件計五、七五〇、〇〇〇円は、特定入居者よりの権利等譲渡収入とします」
と記載されている。
しかし、右各記載のうち「権利等譲渡収入」とは何を意味するのかが不明であるから、被告が原告において借入金または敷金に経理した入金をいかなる収入と認定したのかが明らかでないばかりでなく、右各更正の理由中には、被告が何故に右入金を借入金または敷金と認めずに「権利等譲渡収入」と認定したのかの記載が全くない。したがつて、このような理由の記載によつては、原告において更正の具体的な理由を理解することができないから、右各更正の理由の付記は不備であつて、本件各更正は違法である。
(二) 所得の認定の誤り
被告が本件各更正において原告の雑収入に当たると認定した金員は、原告が真実借入金または敷金として他から受領したものであつて、原告の所得には当たらないから、本件各更正はいずれも違法である。
二 被告の答弁および主張
1 原告の請求原因1記載の事実は認める。
2 被告がした本件各更正には、原告主張の違法はない。
(一) 理由付記について
本件各更正にかかる更正通知書に、更正の理由が、それぞれ原告の請求原因2(一)記載のとおり付記されていることは認める。
しかしながら、理由の付記の程度は、事案に即しておのずから精租の区別があつてしかるべきであり、更正通知書に付記された理由の記載内容が、他の諸事情と相侯つて更正の具体的理由を了知しうる程度のものであれば、その具体的理由が詳しく記載されていなくても、理由の付記を命じた法の趣旨を没却するものではないから、何ら違法ではない。そして、更正の理由は、被処分者との関係で判然としていれば足り、また、通常の会計知識を有する常識人が理解できる程度に記載されていればよいと解すべきである。
このような見地から本件各理由の付記の程度を見ると更正の対象となつたものの勘定科目、氏名、年月日、単価、合計金額を記載し、右は権利等譲渡収入であるから雑収入として計算すべきことを表現している。そして、原告代表者は税理士の職務に従事しているのであるから、右記載と原告備付けの元帳とによつて、本件更正の理由を具体的に理解することができるはずであつて、右記載は、法が要求している理由の付記の程度を十分満たしているというべきである。
(二) 所得の認定の根拠
(1) 原告は、昭和三九年一一月一六日、財団法人東京都住宅公社(以下「公社」という。)が住宅金融公庫法第一七条第一〇項の規定に基づく貸付けを受けて原告所有の土地の上に建築した中高層長期分譲住宅について、公社から、同法施行規則第一九条第一項の規定に基づき、同住宅への入居者の推せん依頼を受け、公社に対し別表一および二の住宅番号欄記載の番号の住宅への入居者として、氏名欄記載の者を推せんし、これらの者から年月日欄記載の日に金額欄記載の金員を科目欄記載の借入金または敷金という名目で受領した。
(2) 原告が右のとおり公社に対して分譲住宅への入居者を推せんするについては、全く原告の自由裁量に委ねられていたのであり、原告が入居者の推せんをすることができることは、住宅需給状況が極度にひつ迫し、公社の分譲住宅を購入しようとする者は高倍率の抽せんに当せんしなければならなかつた当時の情勢の下では、原告に何らかの経済的利益をもたらすものであつた。そこで、原告は、公社に推せんした各入居者から、無抽せんで公社の分譲住宅を購入しうるように推せんしたことについての仲介手数料を借入金または敷金という名目で受領したものである。そうでないとしても、原告は、各入居者に公社の分譲住宅への入居権を移譲したことの対価を、借入金または敷金という名目で入居者から受領したものである。
(3) 原告が入居者らから受領した金員が真実借入金または敷金でないことは、借入金は、原告が入居者らから借り入れたような形式をとつているが、その返済期限の定めがなく、利息が年一分という経済べースを無視した超低利に定められていること、また、敷金は、原告が庭園を二階の入居者らに賃貸するに伴つて受領した形式をとつているが、右庭園は、原告がその所有の一階部分の屋上に造つた簡単なものであつて、その利用について著しい制限がつけられていること、そして、入居者らは、原告に対して支払つた金員が貸金または敷金であるという認識をもつていなかつたこと等の事実から明らかであり、原告がこのように借入金または敷金でない金員をそのように装つて受領したのは、入居者の推せんをした者が入居者から金銭等を受領することが法令上禁止されているからである。
(4) したがつて、原告が第一事業年度中に借入金という名目で受領した別表一記載の合計一、二〇〇、〇〇〇円および第二事業年度中に借入金または敷金という名目で受領した別表二記載の合計七、四五〇、〇〇〇円は、いずれも当該年度の益金に当たるから、各事業年度の申告もれの所得として原告の申告にかかる所得金額に加算すべきである。
三 被告の主張に対する原告の認否および反論
被告の答弁および主張2(二)記載の事実中、(1) 記載の事実は認める。
同(2) 記載の事実中、原告が入居者らから受領した金員が手数料収入もしくは入居権移譲の対価収入であるとの点は否認する。
同(3) 記載の事実中、借入金につき期限の定めがなかつたことおよび利息が年一分の定めであることは認める。しかし、そうだからといつて、原告が受領した金員が借入金でないとはいえない。むしろ、原告は、年一分という低利で借入れをすることによつて、市中金利との差額分の利益を得ることに入居者推せんの対価的価値を求めたものである。
また、同(3) 記載の事実中、原告が入居者らに賃貸した庭園が簡単なものであつて、その利用について著しい制限がつけられていたとの点は否認する。右庭園は、原告において相当額の費用をかけて、二階の各住宅のベランダの前面に当たる一階屋上の面積一五坪(約五〇平方メートル)前後のコンクリートに防水を施し、専用排水溝、排水管、散水用水道設備、外周の手すり等を設け、土を三尺(約九〇センチメートル)に盛り、全面に芝を張りつめたものであつて、その賃借人から一坪(三・三平方メートル)当り一〇〇、〇〇〇円程度の敷金を預るのは当然である。
第三<証拠関係省略>
理由
一 本件処分の経緯
原告の請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。
二 理由付記について
1 本件各更正にかかる更正通知書に、更正の理由が原告の請求原因2(一)記載のとおり付記されていることは当事者間に争いがない。
2 右付記理由によれば、被告が雑収入もれとして原告の所得金額に加算すべきものとした金額は、原告の総勘定元帳のうち借入金勘定および預り敷金勘定の部分<証拠省略>との関連において、原告が別表一および二の氏名欄記載の者から年月日欄記載の日に受領し、借入金または敷金として経理した金額欄記載の金額であることがおのずから明らかである。
そして、右付記理由の措辞は必ずしも適切であるとはいい難いにしても、後記認定の本件事実関係に徴すれば、被告は、右付記理由によつて、原告が受領した右金員は、真実は、借入金または敷金ではなく、原告が別表一および二の氏名欄記載の者をいわゆる特定入居者として公社に推せんし、同人らをして、公社の行なう抽せんによらないで、公社の住宅番号欄記載の番号の住宅を購入し同住宅に入居することを得させたことの対価として受領したものであつて、原告がこれを借入金または敷金として経理したのは仮装であるから、原告の収益に該当し、したがつて、原告の所得金額に加算すべきである旨を表現した趣旨であり、被処分者である原告としては、本件各更正にかかる更正通知書を受領した当時、右付記理由自体から、右の趣旨を了解することが可能であつたと認められる。
3 そうすると、右付記理由は、更正にかかる金額が、原告の申告の基礎となつた帳簿書類との関連において、いかなる項目のいかなる金額であるのかおよび被告がなにゆえにそれを原告の所得金額に加算すべきものと判断したのかの具体的根拠を、被処分者である原告に牝いて、その記載自体から了解することができる程度のものであるというのを妨げないから、本件各更正の理由の付記に不備の違法がある旨の原告の主張は採用することができない。
三 所得の認定について
1 被告の答弁および主張2(二)の(1) 記載の事実は当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実に、<証拠省略>を総合すれば、次のような事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。
(一) 公社が原告所有の土地の上に建築した住宅を分譲した昭和三九年から同四〇年当時、東京都内における住宅の需給状況は極度にひつぱくしていたうえ、公社の分譲住宅は民間企業のそれと比較して著しく低廉であり、しかも、代金は長期の割賦で支払うことができるため、購入希望者が多く、これを購入しようとする者は、通常、高倍率の抽せんに当せんしなければならなかつたこと、
(二) ところが、住宅金融公庫法施行規則第一九条第一項の規定によつて公社が入居者の推せんを依頼した者によつて推せんされた者は、公募および抽せんによらないで、公社の分譲住宅を購入することができたこと、
(三) このように公社から入居者の推せんの依頼を受けた者が、被推せん者をして抽せんによらないで公社の分譲住宅の購入を得させた場合に、被推せん者から相当額の謝礼金を収受する例は、世上しばしば見られることであつたが、これは、住宅金融公庫の貸付けにかかる住宅の譲渡人が譲受人から金品を受領し、その他譲受人の不当な負担となることを譲渡の条件としてはならない旨を定めた住宅金融公庫法および同法施行規則の規定の趣旨に反する行為であるため、これを公然と行なうことははばかられることであつたこと、
(四) 原告は、その所有の土地に公社のため地上権を設定して、公社に対し分譲住宅の敷地を提供したところから、公社から入居者の推せんの依頼を受けたものであり、原告が公社に対し誰を入居者として推せんするかについては、全く原告の自由な裁量に委ねられていたこと、
(五) 原告は、公社に対し別表一および二の氏名欄記載の者を住宅番号欄記載の番号の住宅の入居者として推せんし公社の行なう抽せんによらないで同住宅を購入することを得させ、その際、三階の住宅の各入居者からは借入金という名目で、二階の住宅の各入居者からは敷金という名目で、それぞれ各別表金額欄記載の金銭の交付を受けたものであること、
(六) 原告と借入金という名目の金銭を交付した入居者との間の契約によれば、原告は入居者に対して利息を支払う旨定められているが、利率は年一分という甚しい低利であり、また、右借入金の返還期限の定めはたく、入居者は、購入した住宅に入居中はもちろん、これを他に譲渡した後も原告に対して返還を請求することができないように定められていること、
(七) 敷金という名目の金銭は、原告が二階の住宅への入居者に庭園を賃貸したのに伴つて受領したことになつているが、右庭園は、たまたま二階の各住宅のベランダの前面に原告所有(登記簿上は大玉勝政の所有名義であるが実質上は原告の所有に属する。)の一階店舗部分の屋上が一五坪(約五〇平方メートル)前後ずつ張り出していることを利用して、原告がそこに土を盛り、芝を植えて造つたものであつて、二階の住宅を贈入するため原告から公社に対する推せんを得ようとする者は、好むと好まざるとにかかわらず、原告からこの庭園を賃借するほかなかつたばかりでなく、この庭園の賃貸借契約においては、賃借人は、住宅を他に譲渡する場合には、庭園の賃借権をともに譲渡しなければならず、敷金はこの場合に限つて精算される旨の約定となつていること、この庭園は、右のとおり一階の屋上部分に当たるから、その利用方法はおのずから制限を受け、大きな庭木を植えたり、重量のある庭石・構築物等を設置するなどの行為はできないと考えられること、そして、このような庭の賃貸借に伴つて賃貸人が賃借人から一坪(三・三平方メートル)当り約一〇〇、000円にも相当するような高額の敷金の預託を受けることは、正常な取引においては、ありえないことであること、
(八) 原告に対して借入金または敷金という名目の金銭を交付した者のうち、阿部鉄太郎、小尾栄、三松士逸および前原輝久は、右金銭を交付した当時、それが貸金または敷金であるという意識を明確に有していたわけではなく(ことに阿部鉄太郎は、原告から対外的には借りたことにしておいてくれと依頼された。)、むしろ、抽せんによらないで公社の分譲住宅を購入させてもらつたことに対する謝礼金または庭付き分譲住宅の購入代金の一部であると考えていたので、将来原告からその返還を受けることを期待していなかつたこと、
(九) 原告は、前示のとおり、借入金という名目の金銭を支払つた者に対しては年一分の利息を支払う約定であつたにもかかわらず、支払いを請求して来た阿部鉄太郎に対して右約定を履行しただけで、他の者に対してはこれを履行せず、原告の決算においても、これらの者に対する未払利息の計上をしていないこと、また、原告は、庭園の賃貸借契約において、賃借人から月一、〇〇〇円の賃料の支払いを受ける約定であつたにもかかわらず、前原輝久から約定の賃料を受領しただけで、他の賃借人からはこれを徴収せず、原告の決算においても、これらの者からの未収賃料の計上をしていないこと。
3 以上の事実によれば、原告が借入金または敷金という名目で受領した前示金銭は、真実、借入金または敷金ではなく、公社からの入居者の推せん依頼に基づき、別表一および二の氏名欄記載の者を住宅番号欄記載の住宅への入居者として公社に推せんし、これらの者をして、公募、抽せんによらないで、同住宅を購入することを得させたことの対価もしくは謝礼金として受領したものであり、当該事業年度における原告の収益に該当すると認めるのが相当である。
なお、<証拠省略>によれば、原告は、昭和四三年六月一三日に、借入金および敷金の返還期限を一方的に定め、右期限到来のうえは、これを返還する旨の内容証明郵便を各入居者にあてて発送したことが認められ、<証拠省略>によれば、原告は、昭和四三年九月三〇日に、借入金または敷金の額を額面金額とする約束手形を各入居者にあてて振り出し交付したことが認められ、また、<証拠省略>によれば、原告は、昭和四四年七月ころ前原輝久から同人が購入した住宅を買い受けるとともに同人に賃貸した庭園の返還を受け、同年八月二〇日、同人の代理人稲川静枝に対し敷金の返還として一、四〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められるが、以上の事実は、いずれも本件各更正後のことに属し、弁論の全趣旨に徴し、本件各更正が誤つている旨の原告の主張を裏づける目的でされたものと認められるから、前記認定を左右するに足りない。
また、<証拠省略>のうち前記認定にそわない部分は信用することができず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
4 したがつて、原告が第一事業年度中に借入金という名目で受領した別表一記載の合計一、二〇〇、〇〇〇円および第二事業年度中に借入金または敷金という名目で受領した別表二記載の合計七、四五〇、〇〇〇円を、それぞれ各事業年度の原告の所得として、原告の申告にかかる所得金額に加算すべきであるとした本件各更正には、所得の認定を誤つた違法はない。
四 結論
そうすると、本件各更正には、原告主張の違法はないから原告の請求は理由がない。よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山克彦 青山正明 石川善則)
別表一、二<省略>